城・寺社・史跡

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慈照寺銀閣|『蔭凉軒日録』に見える「觀音殿」と「潮音閣」

『蔭凉軒日録』の長享二年の条には、「觀音殿」という語が繰り返し現れます。二月三日の条では額を内と外のどちらに掲げるかが問われ、「然者二重之內、一ニハ潮音閣ト可揭」とあります。九月の条には額の書立を持参したとあり、十月の条には「觀音殿二重之額、潮音閣可然被思食云々」「明年觀音殿可立」とあります。一方、『大日本史料』第8編之14が参考として掲げる『慈照寺諸記』には「二重銀閣號潮音閣」とあります。それぞれの記録が使っている語を、そのまま読みます。
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金閣は昔も国宝ではなかったのか|銀閣と1939年の国宝建造物目録を比べる

現在、慈照寺銀閣は国宝建造物として登録され、鹿苑寺について確認できるのは庭園の指定です。ところが1939年の『国宝建造物略説目録』には、金閣と銀閣がともに載っています。二つの目録と1928年の寺誌から、確かめられた差と、まだつなげられない経緯を分けて追います。
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大仙陵古墳と仁徳天皇陵|百舌鳥耳原中陵から大山陵まで名前をたどる

同じ古墳を、宮内庁は百舌鳥耳原中陵、世界遺産の構成資産は仁徳天皇陵古墳と記します。『日本書紀』の百舌鳥耳原、『延喜式』諸陵式の中陵・南陵・北陵、蒲生君平が書きとめた「大山陵」。名前がどうつながって見えるようになったのかを、原典の順に追います。